なぜ自殺問題?
    自殺に至るプロセス
    自殺と関連する精神疾患
    自殺の動機
    
自殺の危険因子

    病院内の自殺事故







なぜ自殺問題?


「(自殺をした人は)自らの意思で死を選んだのだ」、「人には死を選ぶ権利がある」「人の自殺に、他人がどうこういうものではない」などという人がいますが、それは、無知や、大きな誤解に基づく発言です。「死ぬ権利」云々は、その人が、元々持ち合わせていている判断能力を完全に発揮できる状態、そして、冷静に自律的に決断をすることのできる状態であってはじめて議論できることです。しかし実際には、自殺に際して、冷静な頭で、合理的に判断をして、蕭々として死を選ぶ人などおらず、「死ぬ権利」云々はそもそも議論にもならない話です。

では、自殺をした人はどのような状況にあるのでしょうか。

自殺をした方のほとんどが、精神疾患に罹患した状態で自殺を遂げたことが知られています。精神疾患は、著しい脳の機能の偏りや障害をもたAらす病気であり、精神疾患に罹患すると、本来その人のもっている能力が著しく損なわれてしまいます。また、精神疾患の症状が、直接、患者を自殺へと誘導してしまうことがあります。この他、重症自殺未遂者に関する調査や研究によれば、4分の1の重症自殺未遂者(すなわち適切な治療が行われなければ自殺に至っていたと考えられる人たち)は、アルコールを飲用していたことがわかっています。その他、大量に薬物を摂取しながら自殺企図に及んだ人の数も合わせると、相当数の方が、いわば酩酊した状態で自殺を実行していることになります。この中には、はじめは死のうと思わなかったのに、酩酊状態の中で混乱した状況で自殺企図に及んだという人も少なくありません。しかし、いずれにせよ、これらの背景には、厳然と、「精神疾患」という問題が横たわっています。




自殺に至るプロセス

人が自殺へと徐々に傾いていって、そして自殺が実際に生じるプロセスは複雑で、自殺をした人には、それぞれ異なる事情や状況があることは言うまでもありません。しかし、ほとんどの自殺者は共通して、図1にあるように、結果的に精神疾患に取り込まれてしまい、そして自殺へのプロセスが加速し、自殺が生じてしまうのです。人が、自らの意思で自殺を選ぶのではなく、精神疾患が人を死に追いやるといってよいでしょう。




世界全体で、自殺で亡くなる方が約100万人もいます。医療・健康問題を国際的な視点でとらえ、解決を目指す国連組織・WHO(World Health Organization:世界保健機関)は、自殺と精神疾患の問題を踏まえつつ、「自殺は公衆衛生学(医療・保健)上の最大課題」と言及しています。




自殺と関連する精神疾患

それでは、いったいどのような精神疾患が自殺を手繰り寄せてしまうのでしょうか?
2004年に、当時、WHOのスタッフであったBertoloteらが、過去50年くらいの自殺者に関する調査をまとめて、自殺者の生前の精神疾患の頻度や種類を報告しています。


表1.自殺者が自殺企図時に罹患していたと考えられる精神疾患の頻度と分類

精神疾患の分類

割合

感情障害

30.2

物質依存症

17.6

統合失調症

14.1

パーソナリティ障害

13. 0

器質性精神障害

6.3

不安障害、あるいは身体表現性障害

4.8

他の精神病性障害

4.1

適応障害

2.3

他の精神疾患

5.5

(精神疾患なし)

2.0




この調査によれば、自殺者の98%が、自殺企図時に何らかの精神疾患に罹患しています。なお、この調査内容はさまざまな研究の単純集計結果に近く、完全なものではありませんが、他の調査・研究でも同様のデータが示されています。





自殺の動機

自殺に精神疾患の存在というものが大きく関与していることを述べましたが、自殺で亡くなる方は、ご自分自身はどのような動機で自殺を企図されているのでしょうか。
 毎年、警察庁が、遺書等から判断可能なものだけについて、自殺者の動機分類を公表しています。





これを見ると最も多い動機は健康問題ですが、毎年、1位は健康問題となっています。精神疾患の存在が、自殺に大きく関与していることを述べましたが、自分が精神疾患にかかっていることに自分も周囲もそうと気が付かない場合が少なくありません(おそらく気が付いていない場合のほうが多いです)。うつ病などの精神疾患では、第一に精神的な症状よりも身体各部の異常や痛みを感じることが多いので、精神疾患にかかっていたとしても、自分自身の問題を「健康問題」とか、「身体の不調」ととらえる人が多いのではないかと思います。





自殺の危険因子

自殺予防の実践においては、どのような人に自殺の危険性があるのか、そして、どのような状況において自殺が生じるのかという、「自殺の危険因子」を理解することが重要です。危険因子というと耳慣れない人も多いかもしれませんので、例を挙げたいと思いますが、「肺がんの危険因子」は何でしょうか?答えは、「タバコ」、「喫煙」ですね。それでは、肺がんを減らすためには何をしたらよいでしょうか?答えは、喫煙の制御ということになります。何が言いたいかというと、要するに、危険因子がわかれば、実践の対象や、対処方法がおのずとわかるということです。

それでは、自殺の危険因子は何かというと、これまでの調査・先行研究によって実はすでに多くのことが明らかにされています。それを表2に示しました。危険因子は、医学、心理学、社会学的観点で分類してみました。自殺に傾いていくひとは、これらの危険因子を一つではなく複数もっていることがほとんどです。このような危険因子をもつ個人個人が、図1に示したプロセスの中で大きく自殺に傾いていきます。

危険因子一覧から明らかなように、危険因子を有する個人は社会の広範な領域に存在します。したがって、危険因子を有する個人を早期に発見し、早期に適切な対応を執り行うための広範な啓発、領域別の対策、そして専門職や相談窓口担当者などの対人支援者へのメンタルへルス教育と自殺予防教育が必要となります。






病院内の自殺事故

病院で自殺事故?

「命を護る、そして病気や怪我を治す場所である病院で、実は多くの自殺事故が生じている」と聞いたら、誰もが驚くことかと思いますが、現実にそのような状況が外国にも、そして日本にもあります。

2005年に、日本医療機能評価機構患者安全推進協議会という組織が、日本の病院における自殺事故の実態を日本で初めて詳しく調査しました。その結果、同機構が定めた一定以上の医療水準を備え、しかも安全配慮意識の特に高い病院であっても、トータルにすると相当数の自殺事故が生じていることがわかりました。一般病院では、調査に答えた575病院のうち170病院で347件、そして精神科病院、ないしは精神科病床を有する病院では回答した106病院のうち70病院で154件の自殺があったとのことです(患者安全推進ジャーナル,13,64-69,2006;図1)。







日本には、この十数倍の数の病院があります。医療水準がさらに低く、そして安全配慮意識の低い病院ではいったい・どのような状況になっているのでしょうか。とても心配になります。この病院内の自殺事故のデータは、当時、一部で関心を呼び、新聞に掲載され、あの、みのもんたさんの「朝ズバッ!」でも取り上げられました。

一方で、健康問題は自殺の危険因子であり、米国ではすでにこのことに関するデータが示されていたことから、調査に携わった筆者にとっては、出てきた調査結果は想定されたことでした。筆者の関心事は、自殺事故の数の奥にある詳しい内容と、そこに横たわっている問題にありました。




どんな病気の方が亡くなられているのか

図3をもう一度見てみます。この図では、自殺事故が生じた診療科ごとに分類をしていますが、悪性腫瘍(がん)だけはそれぞれの診療科から抜き出して分類しています。その悪性腫瘍が、全体の3分の1以上を占めています。また、すぐにわかることは、自殺事故はあらゆる診療科で生じているということです。つまり、自殺事故は、すべての医療者にとってかかわりのあることなのです。

 悪性腫瘍のような、進行性の病気は、自殺の危険因子です(このホームページの「自殺の問題」を参照してください)。また、慢性の症状を抱えること、また、例えば悪性腫瘍で身体の機能を失うこと(審美的要素、発声、嚥下、運動機能など)も、自殺の危険因子となります。

 しかし、患者さんが自殺に至った経緯は、「がんになったから」、とか「手術をしたから」、という単純なことではなく、悪性腫瘍や、慢性の病気を抱えるなかで、「精神疾患」を合併し、そのことで自殺に傾いていってしまったと考えられます。

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